私とパンのエピソード 結果発表

ポンパドウル創業50周年記念 私とパンの
エピソード
コンテスト
あなたの思い出の
パンを復刻します

たくさんのご応募ありがとうございました!

皆様から頂きましたエピソードをひとつひとつ読ませていただきました。
ご自身の若い頃の思い出や、ご家族の思い出など、大切な記憶の一場面に、
ポンパドウルのパンが一緒に残っていることに感動と感謝を感じます。
クスッと笑えるもの、キュンとするもの、しみじみとしてしまうもの・・・。
どれも素敵なエピソードで、大変迷いましたが、優秀賞2作品と入賞10作品を発表いたします。

商品は、現在、開発中です。

優秀賞2作品は、11月1日から全店で開催予定の『復刻パンフェア』(仮称)にて、販売いたします。
商品は現在開発中です。決まりましたら、当ページにてお知らせいたしますので、お楽しみに!

優秀賞 2名様
エピソードより思い出のパンを復刻し全店で販売!

3,000円相当のパンを1年間毎月プレゼント(冷凍で宅配)

※頂いた文章は、原則原文のまま掲載しておりますが、固有名詞等、一部変更している部分がございます。

優秀賞奈良県 Sさん 50代

私とパンのエピソード

その昔、大阪の天満橋の駅前に松坂屋百貨店がありました。
松坂屋百貨店に行くときは、その帰り道に、京阪電車の天満橋の改札口の前にあった赤いパンのお店に立ち寄るのが、私のお決まりのコースでした。
いろんなパンが食べてみたいのだけれど、結局、いつも迷いに迷って、スイートポテトをクレープ生地で包んだパンをひとつだけ買っていました。いつも、小さなそのパンをひとつしか買わないのに、お店のレジのお姉さんは、黙って、素敵な赤い袋に、そのパンを入れてくれていました。
一番小さな手提げの小袋とはいえ、手のひらよりも小さなそのパンは、赤い袋がよれてしまう程、袋の中を埋めることもできず、毎回、袋を貰うことが、とても申し訳ないような気持ちがしていました。
いつも、「赤い袋は。要らないです。」と、申し出たい気持ちでいっぱいなのですが、当時、私は、若く、極端な人見知りで、忙しそうに働く、お店の人に、「赤い袋がもったいないので、必要がありません。」という内容のお話をする勇気がありませんでした。

ポンパドウルからのコメント

いつもお買い求めいただいたスイートポテトは、「ポテト」という商品かと思います。
パンではありませんが、パン屋で買えるスイーツとして人気商品でした。
実は、ポンパドウル創業者 三藤喜一が愛した商品でもあります。

復刻パン

ポテト

バター風味のなめらかスイートポテトを薄皮クレープで包みました。

優秀賞東京都 Iさん 40代

私とパンのエピソード

上京してすぐ通ったのは、東京の大学ではなく予備校だった。
18歳の春、私は悲しき浪人生だった。
ベビーブームの次の次の年の私の世代は、その年の大学に入学できなかった若者たちで、どんどん、どんどん大学入学志願者が膨れ上がり、倍率も年々上がっていった。
失望とともに迎えた不安でいっぱいの春、池袋の東武百貨店のすぐそばに私の通う予備校はあった。アイドルみたいにかわいい隣の席の女の子と私は意気投合し、お昼休みはどこで何を食べようと彼女と校舎隣のコンビニエンスストアにでも覗こうとすると、そこはもう人であふれかえっていた。
「どうしよう」と彼女と相談しながら、人の流れに呑まれるように大きな大きな百貨店の地下へと、私たちはエスカレーターを下っていった。
隣県出身の彼女が、「あ、ポンパドウルがあるよ」と指差すそこには、おいしそうなパンたちがお行儀良く並んでいた。パンが焼けるいい匂いもする。
「ポンパドウル?」
彼女はお洒落な赤い看板を指差して、「ポンパドウル。パン屋さん。」ともう一度教えてくれた。

ポンパドウルからのコメント

ひとつの商品がこんなに鮮明に記憶されていることに驚いています。
タマネギとチキンをマヨネーズであえて、丸い形のパイで包んだ商品、「チキンパイ」かと思います。
復刻した際は、チキンパイの味と共に、様々な思い出を懐かしんでいただけると嬉しいです。

復刻パン

チキンパイ

チキンと細かく刻んだタマネギをマヨネーズで和え、パイで包みました。

入賞 10名様

3,000円相当のパンをプレゼント(冷凍で宅配)

入賞神奈川県 Kさん 30代

私とパンのエピソード

「うまいもん食わせてやる」
そう言われて小学生だった私は父と電車に乗って出掛けました。
お店の中に入ると、つやつやしたデニッシュやチョコレートのパン、メロンパンにあんぱん、私の好きな甘いパンがたくさん並んでいるのを見て、もう私は嬉しくて嬉しくてどれを買ってもらおうかなとわくわくした気持ちになっていました。
しかし普段は色々と選ぶ父が、その日は窓側のフランスパンの並んだ所に迷わずに行き、チーズバタールを1つトレイに乗せると「行くぞ」と言ってそのままレジに行ってしまいました。私は少しだけがっかりして父とお店の外に出ました。
お店のすぐ裏にある神社の前の裏道に来ると、父は赤い紙袋を広げて「いいにおいだろ」と言って焼き立てのパンのとても良い香りをかがせてくれました。

ポンパドウルからのコメント

お父様との素敵なエピソードありがとうございます。
フランスパンは、焼きたてが本当においしいです。
Kさんの思い出を読んでいると、焼きたての香りが感じられ、チーズバタールを食べたくなりました。

入賞神奈川県 Sさん 50代

私とパンのエピソード

定年後の父の唯一の趣味は食道楽だった。なかでも、お気に入りはポンパドウルのパン。昭和3年、横浜市神奈川区生まれの父は戦争体験世代。育ち盛りの時に、食べ物が無くてひもじい思いをした経験は、私が子供のころから頻繁に聞かされた。
「俺たちは食いたいと思った時に食べ物がなかった」が口癖だった父だが、特に少年時代に無性に食べたかったパンに関する思いは特別だった。
晩年、糖尿病を患っていた父は通院帰りに、追浜駅前にあるポンパドウルで必ず、たくさんのパンを買ってきた。お馴染みの赤い袋の中にはクロワッサン、レーズンパン、アップルパイ、コロネなど様々なパンがあった。自宅に帰ると、「これは美味い」「俺は、ポンパドウルのパンさえあればあとは何もいらないから」とさえ言っていたほどポンパドウルのファンだった。

ポンパドウルからのコメント

お父様の懐かしい思い出ありがとうございます。
お父様の思い出に、ポンパドウルが一緒にあることに感謝いたします。

入賞宮城県 Nさん 60代

私とパンのエピソード

姉が外国に嫁ぐことになった時、父は「辛いことがあったらすぐ帰って来い」と言いました。「普通のお父さんはそんなこと言わないよ」と私が言うと、「普通じゃないさ。父さんは特別なんだ」と威張っていました。「三日と飽きずにポンパドウルのパンをせがんだ娘が嫁に行くなんて...」。父はまたそれを言いました。「お姉ちゃんはパリに行くのよ、あっちでもっと美味しいパンを毎日食べるのよ」そう言う私に、「いや、ポンパドウルより美味しいパンがあるものか」と繰り返すのでした。母は「娘が遠くに嫁ぐことになったのも、ポンパドウルを買ってきた父さんのせいかもしれませんよ」と笑って、取り合いませんでした。

ポンパドウルからのコメント

ポンパドウルのパンを愛してくださったお父様の思い出ありがとうございます。
お嬢さん思いのやさしいお父様ですね。

入賞山口県 Yさん 30代

私とパンのエピソード

大正十五年生まれの祖母の食事は、「こだわり」に満ちている。たくさん笑って、おいしいものをおいしく食べれば病気はせん(しない)、とくり返す。私と祖母の家は、車で二時間ほど離れているので頻繁には行けないが、祖母はいつ訪ねても、その言葉通り、病気知らずの笑い上戸だ。日中、一通りの家事を済ませると、祖母はかごを持ち買い物に行く。ドアノブで頭を打つくらい曲がった腰で、杖をつきながら、食材を一つ一つ買い揃える。そのお眼鏡に適う食材は、なかなかない。それでも、お肉はお肉屋さん、お魚は魚屋さん、お野菜は八百屋さん……と、店を回る。今どきは、ネットで何でも買えるのになあ、といつも思う。そこから祖母は、丁寧に、丁寧に、料理して、ゆっくり食事をして、早く寝る。
そんな祖母の暮らしに、私が行くと、必ず「荷物持ち」になる。「よう来てくれた」と歓迎され、重いものやかさばるものを持たされる。そして、買い物が大体終わると「今日はあそこ行こ」ととても嬉しそうにポンパドウルに連れていく。

ポンパドウルからのコメント

お元気なおばあ様のお話、ありがとうございます。
新商品を楽しみにお立ち寄りいただいているとのこと、大変嬉しく思います。
これからも、お二人でのご来店、お待ちしております。

入賞東京都 Iさん 30代

私とパンのエピソード

~ここのパンめっちゃうまいやん!~ 関東と関西をつないでくれた「味」への感謝
平成になって20年が経った頃だ。関東で生まれ育った私だが、就職した会社の勤務地が大阪であった。「期待と不安」が入り混じる中で、仕事が始まった。初めてのことばかりで右も左もわからない私だったが、何よりも「言葉と文化」の違いに戸惑った。その壁をなかなか乗り越えることが出来ず、営業成績も冴えない日々が続いていた。相談できる人もいなく、「もうだめだ、関東に帰りたい」と思っていた。
辛い日々の中で、昼休みにいつもと同じように天満橋のポンパドウルで買った「あんぱん」を一人で食堂にて食べていた。

ポンパドウルからのコメント

奥様との出会いがポンパドウルの赤い袋だったとのこと、本当に嬉しいです。
お二人の会話からとても明るく楽しいご家族なのだろうと想像しています。
これからも、ご家族皆様でポンパドウルのパンをお召し上がりいただけますと幸いです。

入賞静岡県 Mさん 30代

私とパンのエピソード

「ゆかりさん、随分お久しぶりね。余りにもご無沙汰過ぎて、大事なお嫁さんの顔も忘れかけていたわ」
相変わらずの辛口で、半年ぶりに横浜に帰省した私と夫を出迎えた義母。
…また厭味か。胸の中で重い溜息を吐く。
「さあ、お昼にしましょう。透の大好物を買っておいたから」
義母に促され、夫と共にダイニングルームへ向かうと……
テーブルの上には、黒ゴマをまぶした懐かしげなまあるいパンがいっぱい!
「おっ?これ、ポンパドウルのアンパンじゃねっ?」
「えっ、ポンパのっ?私も大好き!」
新時代、令和を迎え、世の中には多種多彩なパンが溢れている。だが、様々なパンに寄り道しても、結局、昭和生まれの私は昔ながらのあんぱんに回帰してしまう。

ポンパドウルからのコメント

お義母様とのユーモラスな会話がとても楽しいエピソードですね。
心が開くきっかけが、ポンパドウルのフランスあんぱんであったことを大変嬉しく思います。
これからも、ご主人とお義母様と仲良く、パンをほおばってください。

入賞埼玉県 Sさん 40代

私とパンのエピソード

「お父さんってどんな人だったの?」
こう聞かれると、私はこの話をせざるを得なくなる。
「ちょっと長くなるけど聞いてくれる?」
と前置きをして。
父は頑固で、自分のことには興味があるけど、かわいい孫にはあまり関心がないちょっと変わった人だった。
そんな父が突然、余命宣告を受けた。末期のがんだった。
それを知った当時10歳の娘が、これまた変わったことを言いだした。
「私、じじと文通する」
二人はほぼ話したこともないし、娘には父に対するトラウマがあると気を揉んでいた。
しかし、そんな心配をよそに二人は長年の友達のように手紙のやりとりを始めた。

ポンパドウルからのコメント

お父様と娘さんの文通。ちょっと不思議で微笑ましいエピソードですね。
お父様の大好物のミニアンドーナツ、皆さんで一緒にお召し上がりいただけると嬉しいです。

入賞福岡県 Yさん 50代

私とパンのエピソード

「長崎人の初物好き」地元では、半ば誇らしげに言い合うものです。間も無く開港450周年を迎える長崎の港には、いつもたくさんの船が行き来し、世界中から新しいものが運び込まれていました。象を見ては歓喜し、印刷技術に目を見張っていた長崎人たち。有名なカステラだけでなく、チョコレートも、コーヒーも長崎から入って来ました。新しいものが大好きなDNAは、現代にも引き継がれて来たようにも思います。
いつ頃だったでしょう。私が高校生の頃だったか…「長崎に神戸からオシャレで美味しいパン屋さんがやって来る!」という話題で街は騒然。「フランスのフランスパンを超えてるらしか」とか、「ケーキのような見た目にも美しいパンがあるらしか」とオープン前から「『らしか』話」で盛りあがっていました。長崎人は、こんな明るい噂話も大好きです。 そしてオープンの日がやってきました。噂の「フランスあんぱん」って、どんなものなのだろう!食べたいなぁ…でも高いしなぁ…いや、でも!友人と学校帰りに食べたフランスあんぱんは、それまで食べたことのない食感と食べ慣れた味の不思議なコラボレーション。何度も友人と顔を見合わせ、笑顔になりました。

ポンパドウルからのコメント

新しい街にオープンするときは、沢山のお客様が楽しみにしてご来店いただきます。
Yさんご一家も皆さんでお立ち寄りいただいたとのこと、ありがとうございます。
あの頃と変わらぬ「フランスあんぱん」を、ご家族でご賞味いただけると嬉しいです。

入賞神奈川県 Iさん 60代

私とパンのエピソード

私の誕生日は11月29日。そう、私の13歳の誕生日にポンパドウルが元町にオープンしました。小学校から中学校まで山手にあった学校へ通っていた私にとって、元町は特別な場所。オシャレで西洋の香りがする街に、焼き立てのフランスパンを売る店ができた!あの赤い袋はその象徴としてどれほど心をワクワクさせてくれたことか。
一番のお気に入りは、やはりチーズバタール。

ポンパドウルからのコメント

ポンパドウル元町本店のオープン日の思い出ありがとうございます。
フランスパンは、焼きたてが一番です。これからも、色々なパンを楽しんでください。

入賞大阪府 Oさん 30代

私とパンのエピソード

母がわがままを言ったのを聞いたことがない。いつも元気で家族を見守ってきて、優しく包み込むような性格だと思う。ある日母が突然倒れた。そして末期癌と宣告された。家族全員どうしてよいかわからずに、ただただ涙を流すだけだった。しかし母は一人気丈で
「手術してもらったら、きっと私は治るからみんな心配しないで」
と病人が家族を励ますほどだった。その言葉通り手術で癌を取ってもらった後は元気に回復していった。きっと不安や痛みもあっただろう。しかし決して家族に心配をかけないようにしていたのだと思う。お見舞いに行けば、いつもの元気な口調で家族を安心させた。回復してくるといつもの母と違う調子になってきた。どんどんわがままや難題を突き付けてくるようになったのだ。
「ねえねえ、昔デパートで買ったアップルパイ覚えてる?今あれがどうしても食べたいのよね。買ってきて」

ポンパドウルからのコメント

少し切ないお母様との思い出、ありがとうございます。
病気のお母様を思いやるご家族の温かさが伝わってきました。
フランスあんぱんをお召し上がりいただけて嬉しく思います。

参加賞 500名様

優秀賞、入賞を逃した方には、抽選で「500円券」をお届けいたします。当選は、賞品の発送をもってかえさせていただきます。「500円券」の発送は、10月25日前後を予定しております。

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